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アジレント・テクノロジー株式会社
LSCA LC,LC/MSアプリケーション化学分析グループ
見勢 牧男

四十の手習いとか五十の手習い、七十の・・・八十のと、勝手に使うようですが、本来の使い方は「六十の手習い」が正解らしいですね。これらの意味するところは、ずばり言うと、齢を取ってから何か勉強などを始めるということです。
久しぶりにLC分析士、LC/MS分析士、これらのために手習いというか、勉強という脳の活動を行ってしまいました。そういえば、以前に勉強したのはいつだったかを思い出しました。2006年に環境社会検定試験(ECO検定)の初めての受験をした時です。このとき50歳になってからの勉強なので、この時も手習いという言葉がずっしりと重くのしかかってきたような感じでした。
クロマトグラフィーに携わって早34年がたとうとしています。GCのパックドカラム製造から、キャピラリーカラムの製造販売、GCカラムエージング装置を改良して制作したHPLCカラム恒温槽の販売など、HPLCカラムやLC周辺機器販売からGPCカラムセールスを経てHPLCシステムの販売。外国製HPLC販売から企画マーケティング、そしてアプリケーション開発とクロマトグラフィーに関することを一通り経験してきました。
そして運命のLC分析士の発足と初段、2段の受験と人生の歴史は流れていきます。軽く見ていた初段試験は、経験だけで何とかなるだろうと考えていたので、特に勉強ということはしませんでしたが、試験問題を見た瞬間、あまりの広範囲の出題に戸惑った記憶があります。初段試験はHPLCや分析に対して深い知識が必要というよりも、分析化学全般に幅広い知識が求められているような感じの内容でした。初段試験に受験してから合格発表までの約1か月間の気持ちは、さながら高校、大学受験の合格を待つ様相を思い出させてくれました。冒頭に書きましたECO検定試験は何となくエコが流行ということで受験して合格するということよりも、受験したということで満足した感じでしたが、LC分析士は仕事と強烈に密着しすぎていますので、不合格となった時の周りへの影響や自分に対しての不甲斐なさが頭の中をよぎって、ドキドキし気持ちは不安定になっていました。ですから、合格通知が来た時は感激うれしさ10倍いや1000倍でした。
この時のドキドキ感が妙に忘れられなくなり、その後LC分析士2段、LCMS分析士初段と受験する羽目に陥りました。しかしながら、ドキドキ感よりもLCMSはさすがに経験だけで合格はできないと思い、基礎から勉強を始めました、勉強と言っても自社製品中心の用語だけ覚えていたので、試験では苦労しました。でも、試験終了後の満足感と、心のドキドキ感を楽しむことができました。
これら合格の基礎となった一番の大きな要因は、長年携わってきたクロマトグラフィーの経験と専門の参考書(虎の巻など)などでの机上の勉強だと感じました。これらから本当の役立つ知識としては、分析士という一つの経験を経て初めて身に付くのではないかと思いました。
このように試験を経験することにより得られた知識は、絶対忘れないと思います。身についた経験や知識は、仕事やこれからの生き方など選択の方針を誤らないと思います。
これからは「老馬の智を忘れず」に、後輩の指導や自身の精進をしたいと思います。

(2013年2月26日 記)

プロフィール
見勢牧男、Makio MISE  LC分析士二段、LC/MS分析士初段voice002-1.jpg
略歴:東京工芸大学工学部工業化学科卒、1978年西尾工業、1980年昭光通商、1987年に横河電機、横河アナリティカルシステムズを経てアジレント・テクノロジーとなる。1978年GCパックドカラム製造を皮切りにクロマトグラフィーの世界に足を踏み入れ、GPCカラム販売を経由し、分析機器システム販売等に携わり現在LCシニアアプリケーションスペシャリストとして従事。
趣味:スイミング、散歩、サイクリング、映画鑑賞、ジョギングなど。